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さ行


さおとめ
(2004年6月16日)
さざれいし
(2004年8月19日)
さみだれ
(2004年6月9日)
さよ
(2004年8月17日)
さら
(2004年6月21日)
ざんむ
(2004年5月18日)
しあわせびょうし
(2004年7月20日)
しか
(2004年6月10日)
しじま
(2004年6月23日)
しのびぐさ
(2004年6月2日)
じょはきゅう
(2004年9月7日)
しらはのや
(2004年5月24日)
しんぼし
(2004年5月13日)
すいきんくつ
(2004年6月17日)
すていろ
(2004年7月4日)
すてき
(2004年6月4日)
せんしゅうらく
(2004年8月27日)
そうげつ
(2004年8月2日)
そうめいきょく
(2004年5月12日)

                  『早乙女』(さおとめ)

 ☆--------------1.田植えをする女性  2.娘・少女----------------




 “田植えをする若い娘”と書いている辞書もありますが、私は、
 
 「若くなくても、美しくなくても、『早乙女』と呼ばれる」と聞きました。
 
 
 田植えをする人そのものが減っている状況では、ぜいたく言ってられないと
 いうところでしょうか。
 
 
 
 “さ”は接頭語ですから、普通に“乙女”という意味でも、使われます。
 
 ただ、あまりにも言葉が美しすぎて、何となく、使うのがはばかられます。
 
 
 もしかして、「乙女」そのものも、めったに見られなくなっているということ
 でしょうか。
 
 
 
 「早乙女花」という花もあります。
 
 とっても可憐な花なのですが、本名?はここに書くのもはばかられるような
 名前です。
 (興味のある方は、楽天日記の方へ↓)
 http://plaza.rakuten.co.jp/yumenokotonoha/
 
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                  『細石』(さざれいし)

 ☆----------------------小さな石------------------------




 小さな小さな石ころが、たくさん集まって、やがて大きな岩になる。
 そして、苔が生えるほど、ゆるぎのないものになる・・・。
 
 
 なんという果てしない自然の営みでしょう。
 
 
 〜細石の 巌となりて 苔の生すまで〜
 
 
 想像上の歌かと思っていたら、実際にあるんですね。
 
 一般に『細石』というと、単なる小石の意味ですが、「石灰質角礫岩」の小石
 の場合、溶け出した炭酸水素カルシウムが沈着して、やがて岩となるそうです。
 
 
 
 私たち一人一人は、『細石』のような、ちっぽけな存在。
 でも、その小さな思いが集まって、大きな奇跡をよぶこともあるということで
 すね。
 
 たとえば、医学の進歩も、愛する人を亡くした人々の小さな祈りが集まって、
 進歩へと導いていったのだと思います。
 
 今の平和も、一人一人の小さな願いが集まって、大きな願いへと広がっていっ
 たのでしょう。
 
 
 “君が代”という言葉の解釈は、諸説あって、微妙な問題も含んでいますが、
 『細石』の心は、普遍の思いではないでしょうか。
 
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                  『五月雨』(さみだれ)

 ☆---------------------梅雨のこと----------------------




 6月7日に、北海道を除くすべての地域で、梅雨入りしたそうですね。
 
 
 「五月」と書いて、梅雨なの?と思われるかもしれませんが、陰暦5月は、
 ちょうど今頃の時期に当たります。
 
 どちらかというと、梅雨の時期のことではなく、この時期に降る雨そのものを
 さすそうですが。
 
 
 ちなみに、『五月晴れ』(さつきばれ)という言葉も、本来は、梅雨の晴れ間
 のことだったんだそうですよ。
 
 
 暦が変わってしまった今では、ちょっと使いにくくなってしまいましたね。
 
 
 『五月雨式』(さみだれしき)という言葉もあります。
 五月雨のように、途切れながらも、だらだらと長く続くことだそうです。
 
 
 
 今年のように、5月の終わりにたくさん雨が降ると、ふと、『五月雨』と言いた
 くなりますが、それはそれで、『虎が雨』(とらがあめ)=(陰暦5月28日頃に
 降る雨)という言葉もあるんですね。
 
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                  『小夜』(さよ)

 ☆---------------------夜のこと----------------------




 “さ”は、語調を整える接頭語で、特にはっきりした意味はありません。
 
 それでも、“小さなものをめでる時に使われる接頭語”としている書物もある
 ので、ささやかな夜・・・というぐらいにとらえておきましょうか。
 
 
 夜に吹く風は「小夜風」、夜に降る雨は「小夜時雨」(さよしぐれ)、夜鳴く
 カラスは「小夜烏」・・・。
 
 とっても、ロマンティックな響きになりますね。
 
 
 「小夜蒲団」、「小夜枕」というと、普段使い慣れた寝具が、とっても優雅な
 ものに、感じられてきます。
 
 
 日中に対しては、このような接頭語は使わないので、やはり、夜に対しての
 思い入れが、あったんでしょうね。
 
 仕事から解放されて、くつろげる、ささやかな時間。
 恋人たちにとっては、短い逢瀬の時間でもありました。
 
 
 夜中に目がさめれば、「小夜の寝覚」(さよのねざめ)。
 そして、一晩中は、「小夜すがら」。
 
 
 「このところ、小夜すがら、テレビを見ていて、寝不足なんだ」
 って言われても、どことなく、さわやかに聞こえませんか。
 
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                   『沙羅』(さら・しゃら)

 ☆---------------------沙羅双樹の略----------------------




 〜・・・沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・〜
 
 
 有名な平家物語の一節ですね。
 
 
 沙羅の木は、幹が二つに分かれやすいので、双樹と呼ばれるのだそうです。
 
 
 お釈迦様が亡くなった時、そのそばにあった沙羅双樹が、季節外れなのに、
 満開の花を咲かせたと言われます。
 
 
 
 ただ、日本では、ナツツバキの花のことを、沙羅の花と呼んでいます。
 
 その昔、あるお坊さんが、勘違いして、「これこそ『沙羅双樹』だ」と広めて
 しまったのだそうな・・・。
 
 
 でも、本家の沙羅より、こちらの沙羅の方が、はかなさの代名詞として、
 ふさわしいような気がします。
 
 
 真っ白な花びらは、透けそうなくらい薄くてやわらかです。
 
 そして、朝咲いた花が、その日の夜には、花ごとぽとりと落ちてしまうのです。
 
 
 はかなさを知った時、いとおしさが込み上げてくるものなのですね。
 
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                  『残夢』(ざんむ)

 ☆------------見残した夢、目が覚めても心に残る夢--------------




 夢の途中で目が覚めて、「あぁ、続きが見たい・・・」って思うことって、
 ありますよね。
 
 夢心地のまま、眠りにつくと、またその続きを見たりして・・・。
 
 
 
 「見果てぬ夢」という言葉もあります。
 
 こちらは、最後まで見ることができない夢、あきらめきれない夢のことですね。
 
 
 「見果てぬ夢」が、睡眠中の夢ではなく、心に描く夢に使われるのに対して、 
 「残夢」は、どちらの場合にでも使われると思います。
 
 
 
 それにしても、再び見ることのできる夢はまだ救われます。
 
 見残してしまって、もう見ることのできない夢は、とってもせつないです。
 
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                『仕合せ拍子』(しあわせびょうし)

 ☆-----------------うまく幸運に巡り合うこと------------------




 〜しゃんと手拍子口拍子。仕合せ拍子うちつれて。顔もいきいきにこにこと〜
 (歌舞伎「二人夕霧」より)
 
 
 『仕合せ拍子』の“拍子”は、物のはずみとか、調子という意味ですが、
 「手拍子、口拍子」の“拍子”は、音楽に合わせて調子をとることです。
 
 語呂がいいので、掛け合わせているんですね。
 
 本当にうきうきしてきますね。
 
 
 「幸せ」は、もともと、「仕合せ」と書いて、単なる、巡り合わせという意味
 でした。
 
 それがやがて、よい巡り合わせだけを「仕合せ」と呼ぶようになり、幸い
 (さいわい)と結びついたのだそうです。
 
 
 不幸な仕合せ(巡り合わせ)になるかもしれないのに、幸せな仕合せしか
 考えない・・・。
 
 
 「仕合せ」という言葉も、プラス思考で、「幸せ」になったのですね。
 
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                    『詩華』(しか)

 ☆------------------美しくすぐれた詩文----------------------




 「詞華」とも書きます。
 
 
 普通、詩や短歌など韻文の総称は、『詩歌』(しいか・しか)ですが、
 美しい詩や文章は、華になるんですね。
 
 
 「言葉」や「言の葉」は、もともと「言の端」(ことのは)。
 
 言ったことや、事柄の切れ端のことで、“端”のかわりに、“葉”を当てた
 ものと言われます。
 
 
 その言の葉を集めて、華にすることができるんですね。
 
 
 そうそう、話がはずむことも、「言葉に花が咲く」と言いますよね。
 
 
 
 どんな文章を書く場合でも、言の葉を集めて、花束を作るようなものかも
 しれません。
 
 たとえ、ちょっとしたメールでも、それは、相手に、心をこめて贈るものなの
 ですから・・・。
 
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                  『静寂』(しじま)

 ☆------1.物音ひとつしない静けさ  2.口を閉じて黙っていること-------




 この言葉は、作家によって、さまざまな漢字が当てられています。
 
 『寂寞』『静謐』『無言』『沈黙』・・・
 
 
 
 静けさの中で耳をすます時、いろんな言葉を感じませんか?
 
 沈黙を恐れる人がいますが、『しじま』の中にこそ、言葉が溢れているんです
 よね。
 
 
 音楽でいえば、休符です。
 
 休符は、お休みではなく、大切な音符なのです。
 
 すばらしい演奏家は、音符だけでなく、休符も美しく演奏します。
 
 
 そして、文章でいえば、行間。
 
 
 
 『しじま』の中に溢れている、声にならなかった言葉。
 
 
 そんな言葉に、いつも耳をすましていたいですね。
 
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                   『しのび草』(しのびぐさ)

 ☆----------------思い出すよすがとなる物や事------------------



 1582年6月2日、京都本能寺で、織田信長は、明智光秀に討たれました。
 
 
 信長が、
 
 〜人間五十年、下天の内をくらぶれば・・・〜
 
 という、謡曲「敦盛」の一節を好んだことは有名ですが、「信長公記」には、
 もうひとつ、信長が好んだ小唄があると記されています。
 
 
 〜死のうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの〜
 
 
 (必ず死ぬのだから、しのび草には何をしようか。きっと思い出し、話の種に
 してくれるだろうよ)
 
 
 
 数々の『しのび草』を残し、次々と夢をかなえていった信長も、「是非もなし」
 という言葉を残して、この世を去りました。
 
 
 この言葉を、悔いなく生きた人の潔い言葉ととるか、彼は、本当の「幸せな
 成功者」ではなかったととるか・・・
 
 
 
 とにもかくにも、今日は、「しのび草はなにをしよぞ・・・」と思いながら、
 過ごすのも、いいかもしれませんね。

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                 『序破急』(じょはきゅう)

 ☆-----------日本の音楽や演劇などで3つの構成要素-------------



 『序破急』という言葉は、雅楽、能、舞踊、連歌など、さまざまなジャンルで
 使われています。
 
 それぞれの分野で、意味は少しずつ、違っているようですね。
 
 
 もともとは、雅楽の曲の構成で、
 
 「序」=はじめの、ゆっくりとした、拍子にはまらない部分
 「破」=中間部で、拍子に合った、緩やかなテンポの部分
 「急」=最後の、速く軽快な部分
 
 
 
 やがて、世阿弥が、能の中で、『序破急』を重んじるようになって、広く
 ひろまったようです。
 
 「万象、森羅、是非、大小、有生、非生、ことごとく、おのおの序破急を
 そなえたり」(「拾玉得花」)
 
 
 すべてのものに、『序破急』がある・・・。
 
 確かにその通りですね。
 
 
 生命のリズムも決して一定ではありません。
 
 それぞれのリズム、それぞれの『序破急』が、あるのですね。
 
 
 
 たとえば、努力しても努力しても、成果が出ない時・・・。
 それは、あなたの「序」の時。
 
 
 リズムに乗って順調に進める「破」の時や、勢いづいてぐんと伸びる「急」の
 時が、その後にきっと、待っているんですよ。

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                  『白羽の矢』(しらはのや)

 ☆-----------------まだらがなく、真っ白な矢-------------------



 むかし、むかし、いけにえを求める神様がいたそうな。
 
 その神様は気にいった娘の居る家の屋根に、こっそり、白羽の矢を立てて、
 娘を差し出せと言ったのだそうな・・・
 
 
 各地に、このような民話が残っているようです。
 
 多少の違いはありますが、大筋は、白羽の矢が立てば、犠牲にならなければ
 ならないというお話です。
 
 
 
 今では、「白羽の矢が立つ」と言えば、多くの中から選ばれること。
 
 重要な任務を任せられるなど、どちらかと言えば、ありがたい時に使われる
 ことが多いと思います。
 
 もともとは、こんな恐ろしいことだったんですね。
 
 
 
 まだらがなく、真っ白な矢羽根は、何か運命的なものを感じさせます。
 
 
 現代の白羽の矢なら、甘んじてお受けしますか。

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                  『心星』(しんぼし)

 ☆-------------------北極星のこと----------------------



 星空は、あたかも北極星を中心に回っているように見えます。
 
 北極星を、星空の中心、あるいは、回転軸に見立てて、こう呼ばれるように
 なったそうです。
 
 
 中心の星・・・
 だから、“しんぼし”という読み方をするのでしょうね。
 
 
 “こころぼし”と読むと、とてもやさしい響きがしますが、少しニュアンスが
 違ってくるかもしれません。
 それでも、使いたい言葉ではあります。
 
 
 北極星の別名は、他にも、ひとつ星、北の明星など、いろいろあるようです。
 
 
 
 あなたの心の宇宙にも、きっと、たくさんの夢がきらめいていることでしょう。
 
 その中に、心星はありますか?

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              『水琴窟』(すいきんくつ)

 ☆--------蹲踞(つくばい)や手水鉢(ちょうずばち)の
         排水部分に作られた一種の音響装置のようなも----------



 
お茶室の蹲踞や、神社にある手水鉢などに造られるもので、地中には
 甕(かめ)が 埋められています。
 
 手を洗うと、その水滴が、甕に反響して、美しい音を奏でます。 
 
 
 
 日本人は、昔から、水の音、風の音、虫の声など、自然の音を愛してきました。
 
 
 感情を移入したり、癒しを求めたり・・・
 
 音楽と同じような効果を、自然の音の中に求めていたんですね。
 
 
 
 この『水琴窟』は、人工のものですが、水に演奏させる自然の楽器。
 
 そして、奏でる音楽は、来客をもてなすためのBGMです。
 
 
 
 今、私たちの周りにあふれている音は、ほとんどが自分のためのもの。
 
 
 『水琴窟』の透明な音の中に、人を思いやる、さりげない心遣いが感じられ
 ますね。

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               『捨て色』(すていろ)

 ☆-------------他の色を引き立てるための色----------------



 色彩学の用語。
 
 ある色を、ひときわ鮮やかに見せたり、より効果的に印象づけるために、使う
 色のことです。
 
 
 どの色も、自己主張をしていては、お互いのよさを消してしまいますよね。
 
 どんな世界でも、その場に似合った役割分担があるのですね。
 
 
 
 最近は、何色かセットになった化粧品の中で、どうしても余って捨ててしまう
 色のことを、“捨て色”と呼んでいるようです。
 
 言葉の使い方としては、少し残念な気がしています。
 
 
 本来の『捨て色』は、捨てたようにさりげなく施していて、実はとっても
 必要な色。
 
 なくてはならない色のことなのですから。

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                 『素敵』(すてき)

 ☆-------------すばらしいこと、心ひかれること----------------



 
よく使われる言葉ですが、もともとは、「すばらしい」の最初の一文字「す」
 に、的をつけたものだそうです。
 
 「敵」は、当て字ということですが、つりあうという意味もあるので、こちらが
 採用されたのかもしれません。
 
 
 
 貧乏の“び”の字をとって、「まるび」、惚れてるの初めの一文字をとって、
 「ほの字」というのと、成り立ちは同じですね。
 
 
 
 初めの一文字だけを言うということは、普段の会話でもしませんか。
 
 
 悪口や、相手をけなす言葉など、ストレートにいうのがはばかられる言葉は、
 それを和らげる効果がありますね。
 
 
 反対に、自分の気持ちを伝えるなど、照れてしまうような時には、かえって、
 印象深くするものです。
 
 
 意識的に使ってみても、いいかもしれませんね。
 
 
 「今日は、あ・・・・・」
 
 「えっ、なに?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ありがとう!!

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           『千秋楽』(せんしゅうらく)

 ☆-------------興行などの最後の日----------------



 
雅楽で、いつも最後に演奏する曲が、『千秋楽』という曲だそうです。
 
 
 「千秋」は、“一日千秋の思い”の「千秋」と同じ、千年という意味ですね。
 
 幾久しくことほぐ・・・という意味がある曲だそうです。
 
 
 これから続く長い歳月、ずっとずっと、祝福できる世の中でありますように
 ・・・。
 そんな願いをこめて、奏でられる音楽なんですね。
 
 
 
 やがて、お芝居や相撲など、興行の最終日をさすようになりました。
 
 略して、「らく」とも言いますね。
 
 
 
 オリンピックで活躍した選手たちのコメントを聞いていると、よく、
 
 「これをスタートにして、次を目指してがんばりたい」
 
 と言っています。
 
 
 まさに、『千秋楽』の心ですね。
 
 
 最後に際して、いえ、最後だからこそ、これから続く日々に思いをはせる
 ・・・。
 
 
 ゲーテも言っています。
 
 「いつかは、ゴールにたどり着くのではない。
  一歩一歩が、ゴールであり、スタートなのだ!」

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              壮月』(そうげつ)

 ☆------------------8月の異称-------------------



 
陰暦では、7月から秋でしたから、8月といえば、秋まっさかり。
 
 
 良くご存知の「葉月」でさえ、語源は、諸説あるものの、
 
 1.葉落ち月(木の葉の落ちる月)から・・・。
 2.初来月(雁が初めて来る月)から・・・。
 3.稲葉月(稲の茂る月)から・・・。
 
 どれも、秋に関する言葉ですね。
 
 他にも、「秋風月」「雁来月」「燕去月」「木染月」「迎寒」「仲秋」・・・。
 
 
 そんな中で、かろうじて、現代にも通用しそうなのが、「草津月」と『壮月』
 です。
 
 「草津月」の“津”は、当て字。
 この場合の“つ”は、“の”という意味で、“草の茂る月”ということですね。
 
 
 そして、『壮月』も、同じく、“草花が盛んな月”という意味だと思われます。
 
 
 『壮月』の“壮”は、“盛ん”のほかにも、”活力に満ち溢れている”“勇ま
 しい”などの意味がありますね。
 
 
 厳しい暑さの毎日が続きますが、こんな時こそ、気持ちを、“壮”にして、
 元気に、のりきりたいですね。

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               『奏鳴曲』(そうめいきょく) 

 ☆----------------------ソナタ----------------------
 
 
 
 
ソナタは、ソナタ形式で書かれた楽曲のことです。
 
 
 ソナタ形式にはいろいろな約束事があって、説明するとなるとかなり専門的
 になってしまいます。
 
 ただ、タイトルや詞などで使われる場合は、そういうことにはとらわれず、
 語感だけで使っている場合が多いようです。
 
 
 
 他にも、小夜曲(さよきょく)=セレナーデ
     夜想曲(やそうきょく)=ノクターン
     円舞曲(えんぶきょく)=ワルツ
     狂詩曲(きょうしきょく)=ラプソディー
     遁走曲(とんそうきょく)=フーガ
     前奏曲(ぜんそうきょく)=プレリュード
     
 などが、よく使われます。
 
 
 日本語にすれば、また違ったロマンチックな雰囲気がただよいますね。
 
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